大学院への進学を考えている人へ (平成21年9月2日更新)

大学院への進学に際して、学生からよくされる10の質問と、その質問に対する私見をご紹介します。
理学療法士養成校の学生が、大学院、特に国際医療福祉大学大学院理学療法分野に進学することを想定した内容になっているので、理学療法以外の領域、あるいは理学療法領域でも国際医療福祉大学大学院以外の大学院には当てはまらない内容もありますので、注意して下さい。
講師の分際で、大学院云々について論じるというのも、どうかと思いますが、大学院への進学を考えている人のご参考になれば幸いです。
Q1: 大学院ってなにをするところですか?
Q2: 修士課程と博士課程ってなんですか?
Q3: 理学療法士として大学院に進学することや学位を取得することで、就職が有利になったり不利になったりしますか?
Q4: 働きながら大学院に進学することはできますか?
Q5: 大学院進学の費用はどのくらいですか?
Q6: 指導教員はどうやって選べばいいのですか?
Q7: まだ明確な研究テーマが決まっていないのですが、大学院に進学しても大丈夫でしょうか?
Q8: 「大学を卒業してすぐに進学するより、ある程度の臨床経験がないとちゃんとした研究ができない」と言われたのですが…
Q9: 大学の成績があまり良くないのですが、大学院に進学しても大丈夫でしょうか?
Q10: 大学院の受験はどうすればいいのですか?

Q1: 大学院ってなにをするところですか?

得られた「知」を臨床現場などの社会に還元するために、修士・博士論文の作成という手順を通じて、論理的な思考力を学ぶ場所、と考えています。
一般的に大学院には、次の3つの目的があります。
  1. 研究者の養成
  2. 大学で学べなかった学問をさらに専門的に勉強する
  3. 資格の取得
では、理学療法士として大学院に進学する目的とはなんでしょうか。
目的の1つめは、博士前期(修士)課程と博士後期課程を合わせた5年以上の年数をかけて、修士号と博士号を取得して、研究者となるものです。理学療法士で目的1で大学院に進学する人のほとんどは、専門学校や大学などの理学療法士養成機関に勤務していたり、勤務を希望する人かと思います。ですので、この目的1で進学する人は、少数でしょう。
また、目的の3つめは、臨床心理士やMBA(経営学修士)などの大学院でしか取得できない資格取得をめざすものですから、理学療法士に関しては、ちょっと考えにくいものです。
ということになると、理学療法士で大学院進学する人は、目的2の理学療法という学問をさらに専門的に勉強するため、という人がほとんどではないでしょうか。
では、「大学院で理学療法をさらに専門的に学ぶ」とは、どういうことでしょうか。
理学療法のみならず、医学は個人の経験や慣習により構築され、実践されてきた歴史があります。臨床家の経験を否定してはいけません。しかし、経験のみに裏付けされた医療や理学療法は得てして、なんの根拠もなく実践されてしまい、患者や対象者の利益にならないことがあります。そこで生まれたのが「EBM; Evidence Based Medicine(根拠に基づいた医学)」です。
EBMでは、なるべく客観的な疫学的観察や治療結果の比較から、臨床判断の根拠を構築します。この客観的な観察や比較の手続きが、臨床研究です。逆に言えば、臨床研究では、得られた結果を独善的にならずに、より客観的に捉えることが求められます。その具体的な手続きが、研究デザインの構築であったり、統計学的手法の検討などになります。
特に日本の理学療法は、昭和38年5月1日の国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院(後の独立行政法人国立病院機構東京病院附属リハビリテーション学院、平成20年4月1日閉校)設立から始まって、約50年の歴史しかありません。その歴史の中で、諸外国の技術や知識を導入して発展してきた経緯がありますが、これからは日本の理学療法を日本人の力で構築・発展させることも重要です。そのためには、自ら「根拠ある理学療法(EBPT; Evidence Based Physical Therapy)」を構築できる能力が必要となります。
根拠ある理学療法を構築するための手順や知識を学び、得られた「知」を理学療法の臨床現場に還元する役割を担っているのが大学院である、と考えています。

Q2: 修士課程と博士課程ってなんですか?

大学院は基本的に、(最低)2年間の修士課程(博士前期課程)と、その後の(最低)3年間の博士課程(博士後期課程)という構成になっています。そしてそれぞれの課程を修了すると、それぞれ修士号(master degree)と博士号(doctor degree)を取得できます。
博士に進学するには、修士の学位(修士号)または専門職学位を有することが条件となりますので、大学学部卒業後は一般的に修士課程に進学することになります。
では、修士課程と博士課程で学ぶことの違いはなんでしょうか?
簡単にいってしまえば、修士課程の主な目的は、Q1で述べた目的2と3(理学療法分野の場合は2のみ)で、博士課程の目的が、目的1になります。
さらに私見を加えて、下井研究室の場合では、修士課程では臨床研究の基礎を学ぶこと、博士課程では1人の研究者として臨床研究を実践・展開できる能力、あるいは修士を指導できる能力を養成することを目的としています。
ですので、学部卒業後に修士課程に進学して臨床研究の基礎を学び、博士課程に進まずに臨床現場に戻って、その学んだことを現場に還元してもらっても、修士課程修了後に研究活動に興味が増して、博士課程に進学してもらっても大丈夫です。

Q3: 理学療法士として大学院に進学することや学位を取得することで、就職が有利になったり不利になったりしますか?

理学療法士として修士号を取得したことで、お給料が上がったり、昇進したりといった直接的な効用があったという話しは、残念ながら聞いたことがありません。また、就職(多くの場合は再就職か?)で有利になったりという話しも、修士号などの学位取得が前提となっている教員や研究員以外では聞いたことがありません。逆に言えば、大学教員や研究員を目指すのであれば、博士号の取得が必須となります(なりつつあります)。
逆に、大学院に進学することで就職に不利になるという話しは、残念ながら否定できません。
どうしても大学院に進学して講義を受講したり、研究を実践するには、かなりの時間と労力が必要になります。就職先としては、臨床家として入職することを優先して考えますので、大学院に進学することで優先すべき臨床業務が時間的にも、エネルギー的にもおろそかになってしまうことを懸念することはやむを得ないと思います。ですので、就職試験・面接の際に、大学院進学の話が出ると、臨床業務との両立が可能かということを心配したり、極端な例では大学院進学希望者は就職させないとする施設もあります。
ですから、大学院への進学を希望して就職先を検討する際には、施設によっては、大学院進学希望者を受け入れているかを調べたりすることも必要になってきます。
しかし前述したように、大学院では、得られた「知」を臨床現場などの社会に還元することを目的として、論理的な思考力を学びます。すなわち、大学院では理学療法士としての「エンプロイアビリティ(employability)」を高められると考えています。
「エンプロイアビリティ」とは、「個人の雇用され得る能力」すなわち、どの職場・組織でも働くことができる能力のことです。
臨床における思考過程と研究での思考過程は、「仮説検証」という点で同じです。ですので、大学院で獲得した論理的思考能力は、必ず臨床で活用できるのです。大学院を終了したから
お給料が上がったり、昇進したりという直接的な利益は少ないかもしれませんが、理学療法士として多くのことを学べるということは、指導教員として自信を持って言えます(というか、そうでなかったら、教員ぢゃないんですけど…)。

Q4: 働きながら大学院に進学することはできますか?

できます。
国際医療福祉大学大学院では、理学療法分野のみならず、全ての分野で仕事を持つ社会人も学べるようにいろいろな配慮がされています。例えば、勤務の後にも受講できるような授業時間割編成や東京、福岡、大川、熱海、小田原、熊本キャンパスでの遠隔授業システムの導入がそれです。

また、下井研究室の定例ゼミ(毎週火曜日開催)は、勤務終了後でも参加できるように、基本的には20時から開催されます。
具体的な拘束時間を考えてみましょう。
論文を作成することはもちろんですが、大学院も学部と同じように所定の単位を取得しなければ修了(いわゆる卒業)できません。修了に必要な単位数(国際医療福祉大学大学院理学療法学分野の場合30単位以上)のほとんどは、1年目で取得することが可能です。ですので、講義のために、決まった時間、拘束されるのは、修士課程の最初の1年間だけと考えることもできるのです。そう考えると、勤務しながらの進学も不可能ではない、ということが想像できるかもしれません。
具体的な例として、下井の現場に、那須塩原に住み、働きながら、今年4月から東京の筑波大学大学院に進学した、ケアマネージャーの女性がいます。
もちろん、職場や同僚の理解と協力があってのことですが、大学院まで距離があっても、強い意志があれば進学は可能なのです。

Q5: 大学院進学の費用はどのくらいですか?

国際医療福祉大学大学院保健医療学専攻では、修士・博士課程ともに、初年度は130万円(含入学金30万円)、2年次以降は100万円です(平成21年度現在、詳しくは国際医療福祉大学大学院のホームページで確認して下さい)。
ただし、本学学部卒業(見込)生、大学院修了(見込)生は、入学金が免除されます。
また、日本学生支援機構などの奨学金を活用することもできます。

Q6: 指導教員はどうやって選べばいいのですか?

自分が研究したい分野を指導したり、研究している教員を探しましょう。
大学院生活にとって指導教員はかなり重要です。卒業する大学の大学院に自分が研究したい分野を指導したり、研究している教員がいなかったら、ほかの大学院を考えてもいいでしょう。それくらい、指導教員は重要です。
ちなみに、一般的な大学院の指導教員の選択基準は
  1. その教員が、近年、学会やシンポジウムなどで「招待講演」をしているか
  2. その教員が、学会で座長を務めているか
  3. その研究室が「科学研究費」を取得しているか
だそうです(大槻義彦:大学院のすすめ 東洋経済新報社)。
下井研究室はギリで「2」をクリアって感じです…

Q7: まだ明確な研究テーマが決まっていないのですが、大学院に進学しても大丈夫でしょうか?

ちょっと不安ですが、大丈夫です。
なぜ不安かというと、特に修士課程の2年間は、長いようで短い期間だからです。
一般的に大学院は、4月に入学して翌年の12月には修士論文を完成させなければなりませんから、データ計測などができる期間は、実質1年程度になってしまいます。
なんだ、1年もあるぢゃないか、と思うかもしれません。でも、「1年しかない」というのが実感になります。加えて、国際医療福祉大学大学院では、基本的には仕事を持ちながらの大学院生活になりますから、もともと研究に割ける時間が限られてきます。
さらに、データ計測などは、最初からうまくいくことは本当にマレです。頭の中で考えていることと、実際にやってみることでは、全く違うこともよくあります。一旦データを計測して、学会や研究報告会などで発表してみると、いろいろな指摘を受けて、最悪の場合、計測をやり直さなければいけなくなることもあります。
このように、かなり時間的に限られた状況で進めなければならないところで、4月の入学時点で研究テーマが決まっていないというのは、さらに時間的な状況を過酷にしてしまいます。
ですので、大学院進前に指導教員に相談して、ある程度、研究テーマを決めておくことをお勧めします。

Q8: 「大学を卒業してすぐに進学するより、ある程度の臨床経験がないとちゃんとした研究ができない」と言われたのですが…

個人的には、臨床経験がなくても、いい研究はできる、と考えています。
つまり、臨床経験は大学院進学の十分条件かもしれませんが、必要条件ではないということです。
確かに、臨床経験者は、臨床経験が少ない人に比べると、多くの研究疑問を持っていたり、臨床経験が少ない人には考えつかない研究疑問を持っていたりするのは事実です。
先日、整形外科に勤務している同期が、筋電図の研究を手伝ってくれといって、職場の後輩を連れて大学にやってきました。その同期の理学療法士が、現場で地元高校球児の指導やコンディショニングを担当しているときに、肩の障害発生に関する研究疑問が湧いて出てきたようです。筋電図の計測を手伝ったのですが、測定の条件があまりにマニアックで、さっぱり分からず、ただ筋電図の計測を淡々と手伝っただけでした(ある意味「盲検法」かもしれませんが…)。
さらに、その後輩の女の子に至っては、臨床中に患者に関節可動域練習を実践していたときに、自分自身の体の使い方がおかしいかもしれないことに気がついて、その気づきが本当かどうかを筋電図を使って確かめたい、とのことでした。
このとき、やっぱり臨床家の考える研究疑問はすごい、と実感したのでした。
もちろん臨床経験の長い人で、優れた研究をされる人もいます。でも、臨床経験者が長い人が、短い人に比べて必ず優れた研究をするかというと、決してそうではありません。
大学院の発表会でも、研究疑問は臨床的に価値が高かったり、面白い反面、研究の手続き上の問題があって、客観性に欠けたり、妥当性が希薄になっている研究も散見されます。また、臨床家としての研究疑問への執着が強く、研究の実現可能性に対する考慮が欠けている場合もあります。
自分の臨床経験に固執しすぎるのは、研究者として決してプラスにはなりません。臨床経験という"art"の部分と、研究という"science"の部分のバランスが重要ではないかと思います。

Q9: 大学の成績があまり良くないのですが、大学院に進学しても大丈夫でしょうか?

大学でいい成績を取るのと、大学院で優れた論文を作成することは、別のものなので、それほど心配はいらないでしょう。
まず、基本的に大学院ではテストがありません。
前述した修了用件の必要単位のほとんどは、レポート課題になります。
さらに、理学療法士養成校で求められる能力と大学院で求められる能力は、ちょっと違います。
一般的に、中学・高校の中等教育で求められるものは「他人と同じことが言えるか」という能力であるのに対して、高等教育である大学で求められるものは、「他人と違うことが言えるか」という能力です。
しかし、理学療法士養成課程では、臨床で統一された手順で評価ができたり、国家試験に合格することも、その目的になりますので、比較的「他人と同じことが言えるか」という能力が求められます。
対して、大学院では、自分の興味ある領域・分野で、「何が分かっていて、何が分かっていないのか」を明らかにして、その分かっていない部分を研究で明らかにしていくという手続きが求められます。「何が分かっていて」を明らかにする能力は「他人と同じことが言えるか」に該当し、「何が分かっていないのか」を明らかにする能力が「他人と違うことが言えるか」になります。つまり、大学院では、「他人と同じことが言えるか」と「他人と違うことが言えるか」の両方の能力がバランス良く求められるのです。
ですので、大学で成績が良くなくても、大学院で優れた論文を作成することは可能なのです。

Q10: 大学院の受験はどうすればいいのですか?

まず、指導教員を決めて、相談に行きましょう。
その教員から指導が受けられることや、大まかな研究の内容・方針が決まったら、事務的な手続きに入りましょう。国際医療福祉大学大学院の場合、大学院進学の際に、志願票、成績証明書、卒業(見込)証明書などが必要になりますが、その中でも時間をかけて作成したいのが「研究計画書」です。研究計画書については、指導教員と相談しながら作成しましょう(2009年度、新しい情報は国際医療福祉大学大学院のホームページで確認して下さい)。
理学療法士養成校を卒業してすぐに大学院へ進学する場合は、国家試験受験を念頭に、受験日程にも考慮が必要になってきます。
平成21年度、国際医療福祉大学大学院理学療法領域の場合、出願受付締め切り日が2月中旬だったため、締め切りギリギリになると国家試験の勉強の佳境に入った頃に、指導教員に相談したり、研究計画書を作成しなければなりません。
ですので、卒業研究の余韻がまだ残っているうちや、大学院進学を何となく考え始めだしたら、早めに教員に相談することをお勧めします。

参考文献

大学院についての参考文献をご紹介します。

ご注意

本文書の作成には万全を期しますが、下井個人の意見であり、大学ならびに学科を代表するものではありません。また、明示、暗黙を問わずこの文書の内容 に関してはいかなる保証も適用しません。 本文章では最新の正しい内容を提供するよう努力いたしますが、 内容に誤りがあり、またこの文書によって、不利益を被っても、 作者は一切関知いたしません。